FC2ブログ

Ezoe World



Click name to each menber's work page.

Click Romigo to Main page.
文字化けが起きて、判読不能の場合は、ここのSub-siteからどうぞ









Ezoe World


(同社に在籍していた者として、感慨深くこれらを記載します。
尚、コンテンツの総てはYahoo他の記事をコピペしたものです)


田楽男









リクルート事件
「江副浩正」を再評価すべき理由


大西 康之 : ジャーナリスト

1965年生まれ。1988年、早稲田大学法学部卒業後、日本経済新聞社入社。欧州総局(ロンドン)、日経ビジネス編集委員、日本経済新聞編集委員などを経て2016年4月に独立。著書に『稲盛和夫 最後の闘い JAL再生にかけた経営者人生』『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(以上、日本経済新聞出版社)、『三洋電機 井植敏の告白』『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(以上、日経BP社)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮社)、『東芝解体 電機メーカーが消える日』(講談社現代新書)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)がある。


かつて日本には、江副浩正(えぞえ・ひろまさ)という「起業の天才」がいた。彼が立ち上げたリクルートの時価総額は8兆円に迫っている。総合情報産業の会社として屈指の存在である。

だが彼の名は「起業の天才」ではなく、戦後最大の企業犯罪「リクルート事件の主犯」として人々に記憶され、そして忘れ去られようとしている。

日本が生んだ「天才起業家」を、歴史に葬り去ってはならない。逆境に立ち向かうべき今こそ、日本人はその「成功と失敗」から学ぶべきではないか。

そう問いかける書籍『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』を上梓するジャーナリストの大西康之氏に、「なぜ今、江副浩正なのか」を解説してもらう。


40年前に「マスメディアの凋落」を予見した
日本のマスメディアが構造改革の波に洗われている。



マス広告の雄、電通グループは東京都港区の本社ビルを売却する検討に入り、毎日新聞は節税目的で資本金を中小企業並みの1億円に減資する。朝日新聞は赤字転落の責任を取って4月に社長が交代する。

テレビも厳しい。2020年9月中間期決算では、日本テレビHDが赤字に陥った。フジ・メディアHD、テレビ朝日HD、TBSHDも減収減益だった。

コロナ禍による消費冷え込みを受けた広告収入の落ち込みが直接の原因だが、新聞、テレビの収益はコロナ以前から長期低落を続けている。ネットに広告を奪われているからだ。

このようなマスメディアの凋落を40年近く前に予見していた男がいる。リクルート創業者の江副浩正だ。

江副はグーグルよりはるかに早く、商業メディアの収益源である「マス広告」の非効率性を見抜き、情報が欲しい消費者と情報を伝えたい企業をマッチングさせる仕組みを作った。インターネットがない時代にそれをやってのけた江副は「起業の天才」だった。

マス広告とネット広告には決定的な違いがある。不特定多数の人々に広告を届けるマス広告は、持ち家に住んでいる人に不動産広告、定職についている人に求人広告、クルマを持っている人に新車の広告を届け、それらは「無駄撃ち」に終わる。広告が購入や応募に結びつく可能性はかなり低い。

ネット広告の場合、ネットで家探しをしている人に不動産広告、職探しをしている人に求人広告を見せる。利用者は「検索」することで、自分が何を求めているかという欲求をさらけ出し、グーグルのAI(人工知能)は、それぞれの人にマッチした広告を送り出す。購入や応募に結びつく確率は必然的に高くなる。

同じことを1960年代に考えたのが江副である。就職する会社を探している学生に『リクルートブック』(現在の『リクナビ』)、家を探している人に『住宅情報』(現在の『SUUMO』)を届けることで、利用者と企業をマッチングさせた。

江副が作った「情報誌」は「広告の寄せ集め」と見下された。しかしほとんどの読者、視聴者にとって「ノイズ」であるマス広告に対し、情報誌に載る広告は、仕事を探している人、家を探している人にとって貴重な「情報」だった。

リクルートの情報誌ビジネスは中古車(『カーセンサー』)、海外旅行(『エイビーロード』)、女性の転職(『とらばーゆ』)と、どんどん領域を広げていった。

そして日本でも通信自由化が実現した1980年代の半ば、江副は満を持して紙の情報誌からコンピューター・ネットワークに飛び移ろうとした。まさにグーグルを作ろうとしたのである。


江副は日本、アメリカ、イギリスに巨大なコンピューター・センターをつくり、これらを海底ケーブルで結んだ。コンピューターの処理能力を顧客企業に貸し出し、1日24時間のグローバル・サービスを提供しようとしたのだ。

今ではそれを「クラウド・コンピューティング」と呼んでいる。江副が始めようとしたサービスは、アマゾン・ドット・コムの「AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)」に近い。


今こそ「江副浩正」を再評価すべき理由


だが日本からグーグル、アマゾンが産声をあげようとしたその矢先に、江副は思わぬ方向から飛んできた銃弾によってその社会的生命を絶たれる。「リクルート事件」である。

リクルート事件の評価について、ここでは述べない。しかし、もしリクルート事件がなかったら、リクルートはグーグルやアマゾンより早くネット社会のプラットフォーマーになっていたかもしれない。

江副が「戦後最大の経済事件の主犯」ではなく、「起業の天才」として世に認められていれば、その江副に憧れて日本でも続々と起業家が誕生していたかもしれない。日本経済の風景は、今とはまったく違うものになっていただろう。

試し読み・・・・本の左下を摘まんで右上方向に引っ張れば頁がめくれる

リクルート事件は、日本におけるマスメディアからネットメディアへの移行も遅らせた。巨大な新聞、テレビが支配してきた日本ではメディアの古い構造が温存され、ネットフリックスやフールーのような新しいメディアが生まれていない。

しかし人々の手にスマートフォンが行き渡り、ネットが社会インフラに組み込まれた今、いよいよマスメディアの時代が終わろうとしている。電通や新聞大手の変調はその予兆である。江副が作ったリクルートの株式時価総額は約8兆円。電通のほぼ10倍である。

古い企業社会が制度疲労を起こしている今、日本に何より必要なのは新しいビジネスを立ち上げる「起業」である。コロナ禍を乗り越えた先に、新しい日本経済を作り出すためには、今一度、江副浩正という「起業の天才」の足跡を振り返る必要がある。

大西 康之 2021/02/04 07:30





冨山和彦「江副リクルートは、日本の宝だった」
1980年代から「21世紀型の経営」を実現していた


2019/12/03 13:06
リクルートは「日本では極めて珍しいタイプの会社」だった、
「リクルートは日本の宝だ」




2003年から4年間、産業再生機構の業務執行最高責任者(COO)としてダイエー再建に携わった冨山和彦氏(現IGPIグループ会長)は、ダイエー傘下だったリクルートの経営と財務を調べてそう思ったという。

かねて「21世紀型の経営をしていた江副浩正氏を再評価すべき」と主張してきた冨山氏に、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』を上梓した大西康之氏が話を聞いた(こちらから、『起業の天才!』の序章「ふたりの天才」を試し読みできます)。

80年代から「21世紀型の経営」をしていたリクルート

 ――ご自身も日本初の独立系コンサルティング会社、コーポレイト ディレクション(CDI)の起業に関わった冨山さんから見て、起業家・江副浩正とはどんな人物ですか。


 実は1986年にボストンコンサルティンググループ(BCG)のメンバー10人でCDIを設立するとき、出資をしてくれたのが江副さん時代のリクルートなんです。正確に言うと江副さんのリクルートと宮内義彦さんのオリックス、あとはBCGのお客さんだった東京ガスと大阪ガスが最初の大口出資者です。

 日本ではまだコンサルティング・ファームの認知度が高くない時代でしたが、若いコンサルタントたちが立ち上げた「紙と鉛筆の会社」を面白がって出資してくれたのが江副さんと宮内さんです。コンサルという質量のないビジネスに価値を認めたのがこの2人だった。これは、その後の日本を象徴する気もします。

 『起業の天才!』を読んで初めて知ったのですが、江副さんはジェフ・ベゾスが新卒で入社したベンチャー企業を買収していたので、リクルート事件がなかったらCDIも買収していたかもしれません。そうなっていたら、僕も江副さんの部下になって、ベゾスと同僚というわけです。

 ――当時、リクルートという会社は冨山さんの目にどう映りましたか。

 年功序列が一切なく、仕事ができるかどうかですべてが決まる、日本では極めて珍しいタイプの会社でした。利益を出すことに対する社員の執念がすごかった。社員全員が、「情報」という原価のないサービスをいかに高く売るかを必死に考えていましたね。

 ――鉄鋼、自動車、電機などの製造業が全盛だったあのころ、情報を含め「サービスは無料」が常識でした。富士通がコンピューターのハードを売るために、システム構築を1円で請け負おうとした「1円入札」が話題になった時代です。「サービスしておきます」は「タダにします」と同義で、「サービス=付加価値」という概念はありませんでした。

 後に世界経済の牽引役は製造業から知識産業に移るわけですが、これはプレーする競技が野球からサッカーに変わるほどの大きな変化でした。野球が得意だった日本は、なかなかサッカーに適応できませんでした。東大の私の同級生が就職したのは典型的には新日鐵(現日本製鉄)や興銀(現みずほフィナンシャルグループ)で、私がBCGに就職すると言ったら「それは製薬会社か」と勘違いされたくらいです。

 ――冨山さんが東大を卒業した1985年は、リクルートが紙の情報誌ビジネスからコンピューター・ネットワークを使った情報産業へと大きく舵を切った年でもあります。東大生の冨山さんはリクルートをどう見ていましたか。

 どんな組織にも1〜2%はアウト・ライヤー(統計学の「外れ値」=例外的な人間)がいて、当時で言えばそういう人たちが就職したのがリクルートか外資系のコンサル会社や投資銀行でした。同世代ではのちにマネックス証券を立ち上げる松本大さんがソロモン・ブラザーズに、藤原和博さんがリクルートに行き、私は外資系コンサルのBCGに行きました。

日本にも、ようやく「起業する環境」が整ってきた


 ――起業という選択肢はありませんでしたか。

 それはなかったですねえ。当時はベンチャー・キャピタル(VC)もないし、銀行は学生なんかにお金を貸してくれません。私はVCに興味があったので、日本で唯一、それに近い仕事をしていたジャフコ(当時の社名は日本合同ファイナンス)の就職説明会に行ったんですが、「なんで東大生がウチに来るんだ?」と不思議がられました。

 ――CDIを立ち上げた後、冨山さんはスタンフォード大学に留学してMBA(経営学修士)を取得しています。そのころからアメリカでは学生の起業が盛んでしたね。

 当時も今も変わりません。最近、スタンフォード大の関係者に会って「僕の後輩たちはどんな進路を選んでいるのか」と尋ねたら「君がいたころと変わらないよ。一番優秀な連中は起業する。どんな会社を立ち上げるか決められない連中はモラトリアムでVCに行く。その次のグループが古くて大きな会社に入る」と教えてくれました。その古くて大きな会社というのがゼネラル・モーターズ(GM)やゼネラル・エレクトリック(GE)ではなくて、アップルとグーグルなんです。

 起業する環境という意味では、日本もようやく僕がスタンフォードにいたころのアメリカに追いついた感じですね。東大生も当たり前に起業するようになってきた。まだ領域はAI(人工知能)など一部の領域に限られていますけどね。

 ――それにしても、ここまでが長かった。高度経済成長の後、日本は「新しい会社」が生まれない国になってしまいました。鉄鋼、自動車、電機といった巨大製造業や大銀行がずっと経済界を寡占してきました。

 1980年代から日本の経済界は、病的なまでに新陳代謝を嫌うようになりました。製造業、大企業が「古き良きもの」と尊ばれ、情報産業、ベンチャーは「いかがわしいもの」と異常なまでに忌避された。これまで野球をやってきた人にとって、種目がサッカーに変わるのは得になりませんから、ある程度の抵抗勢力がいるのはわかりますが、日本のベンチャー嫌いは極端です。高度成長の成功体験が長すぎたのかもしれません。

 そんな古臭い社会に正面から挑んだ最初のチャレンジャーが江副さんだったのではないでしょうか。エスタブリッシュメントから見れば、東大卒の身内が自分たちの秩序をひっくり返しに来るわけです。しかもやっていることは理に適っている。体制派からすれば、一番許せない「革命家」ですよ。

 もし江副さんが失脚していなかったらリクルートがGAFAになっていたかもしれないし、リクルートではなくても日本からGAFAのような会社が生まれていた可能性がある。江副さんは不動産や金融事業で多額の借金を残しましたが、江副さんが去った後、リクルートはその借金を返してしまった。それができたのは、あの会社がGAFA並みの強烈なキャッシュ・フローを生み出し続けていたからです。

 僕は産業再生機構にいたとき、ダイエーの再建に関わり、ダイエーが大株主だったリクルートの財務を調べたことがあるんですが、それはそれは強烈な高収益体質の会社でした。高偏差値集団なのに年中文化祭のような熱狂があり、多様性があってフラットでオープンな組織。設備を持たず紙と鉛筆で驚くほどの収益を上げていて、「これは日本の宝だ」と思いました。

 だからダイエー再建の資金を捻出するためにリクルート株を安易にどこか1社に売ることはしませんでした。手間はかかりましたが、商社やファンドや機関投資家に少しずつ買ってもらい、リクルートの独自性を残したのです。IPOのときなどに使うブックビルディング的な手法で価格を決めたのですが、実際、当初の想定よりはるかに高い価格で売れましたから、企業価値に対する世の中の評価軸はすでに変わりつつあったのでしょう。

「20代なら起業は成長の機会、VCのお金は奨学金」


 ――リクルート事件の後、日本に根付いた「起業家やベンチャーはいかがわしい」という社会通念がようやく薄れてきました。日本経済の屋台骨だった大企業の経営が揺らぎ始めたこともあり、若い人たちが起業を目指すようになりつつあります。起業を目指す人たちに、アドバイスをお願いします。

 昔と違って、今はまともなビジネス・プランを持っていけばベンチャー・キャピタル(VC)がお金を出してくれます。起業するにはいい時代になりました。

 20代なら起業は成長の機会、VCのお金は奨学金だと思って、思い切りやればいい。うまくいかなくても力がつきます。ただしお金を出してもらっておいて「西麻布でイエー!」はダメですよ。身になるのは、まじめにやったストイックな失敗だけです。日本のベンチャーはそういう部分で少し緩いところがある。シリコンバレーで起業する連中は、なんだかんだ言ってエリートだから、その辺はわきまえています。

 30代の後半を過ぎてから起業する場合は「お勉強」とも言っていられないので、相当考えてから踏み切ったほうがいい。大企業の中でしか通用しない特殊な能力を身につけて「俺ってすごい」と勘違いした相場観のない人が一番危ないです。大企業の看板を背負っているからすごいのか、外してもすごいのか。そこが肝心。起業するつもりなら大企業で管理職をやるより、中小、ベンチャーで経営職を経験したほうがいい。管理職と経営職は全然違うスキルですから。

 今いる会社で働き続けるつもりなら、現場のオペレーション・スキルを極めるか、経営を極めるか、2つに1つ。事業売却のときクビにならないのが、この2つです。スキルのない中間管理職が一番危ない。

 江副さんがやった経営はファクトとロジックで考えたら当たり前のことなんだけど、それができなくなって30年経ったのが今の日本の大企業。そんな会社に漫然と身を委ねているのは、とても危険なことだと思います。
 




リクルートが「8兆円企業」へと成長できたワケ ~
経団連な大企業たちとは「決定的な差」があった…!
瀧本哲史氏特別インタビュー



経営者としての江副浩正の天才性を早くから認めていた人がいる。

京都大学で教鞭を執る一方で、ベンチャーに挑む若者を育てるエンジェル投資家として活躍し、『僕は君たちに武器を配りたい』『ミライの授業』などの著書で知られる瀧本哲史氏だ。

2019年8月10日、瀧本氏は47歳の若さでこの世を去った。日本の未来を切り拓こうとした氏のメッセージは、伝説の講義録『2020年6月30日にまたここで会おう』という形で、幅広い世代に読み継がれている。

私は『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートを作った男』を書くため、2018年5月9日、瀧本氏にインタビューをした。江副氏とはいかなる人物だったのか。どのような点において「天才」なのか。

『起業の天才!』の完成を機に、インタビューの全文をここに掲載する。

2012年6月30日、東京大学伊藤謝恩ホールで約300人の若者に向けて講義をする瀧本氏



「経営とはなにか」を自問し続けた


――経済の専門家でエンジェル投資家でもある瀧本さんから見て、江副浩正とはどんな経営者ですか。

瀧本氏 星新一のショートショートに『服を着たゾウ』という作品があります。江副浩正という人は、この物語に出てくるゾウにそっくりな人でした。

*筆者注 『服を着たゾウ』とはこんな物語である。
ある日、一人の男が動物園のゾウに催眠術をかける。
「お前はゾウではない。人間なのだ。人間の心を持ち、人間として考え、人間の言葉が話せる」
催眠術にかかったゾウは檻の鍵を開け街に出ます。洋服屋で背広を仕立て、芸能プロダクションへ行ってタレントになり、子供たちの人気者になります。やがて遊園地や、お菓子の会社、オモチャの会社の経営者としても大成功する。人に成功の秘訣を聞かれるとゾウはこう言います。
「わたしの心の奥に、おまえは人間だ、という声がひそんでいるのです。しかし、人間とはなにか、わたしにはよく分からなかった。そこで、本を読んで勉強をしたのです。人間とはどういうものか、人間ならなにをすべきか、などについてです。つねに学び、考え、その通りにやってきただけです。わたしが世の役に立っているとすれば、このためかもしれません。あなたがた、自分が人間であると考えたことがおありですか」(星新一『服を着たゾウ』より)



瀧本氏 大学を出てすぐに会社を興した江副さんは、ゾウが「人間とはなにか」が分からなかったのと同じで、「経営者とはなにか」がよくわからなかった。「自分は経営が分かっていない」という欠乏感の塊でした。経営者とはなにか、経営者なら何をすべきかをピーター・ドラッカーの本から懸命に学び、純粋にそれを実行したのです。

それゆえ、リクルートは「ファクトとロジック」「財務諸表と経営戦略」の会社になりました。人の情緒に訴える「カリスマ経営」の対極に位置する、日本では珍しいタイプの会社です。「世界の情報をすべて整理する」という社是を掲げた米グーグルも、ロジックの会社です。その意味で、リクルートとグーグルは同じタイプと言えるかもしれません。

「服を着たゾウ」が「人間とはなにか」を考えながら成長したように、江副さんも会社に危機が訪れるたびに「経営とはなにか」を自問して成長したのです。

知られざる経営者としての「革新性」


――一度もサラリーマンを経験せず、いきなり起業した江副さんは、どうやって成長していったのでしょうか。

瀧本氏 江副さんにとって第一次大戦は当時のリクルートの数倍の規模を持つダイヤモンド社が求人情報誌を立ち上げたとき。ようやくダイヤモンドをねじ伏せたところでオイルショックに遭遇して求人広告が減ります。それをカバーするために『住宅情報』を立ち上げたのですが、そこに読売新聞が『読売住宅案内』を創刊して攻めてきた。これが江副さんにとっての第二次大戦です。

大きな敵が現れたとき、江副さんは年齢や性別にかかわらず「誰でもいいから結果を出せる人」を登用しました。小さなリクルートは、結果が出なければ死んでしまうからです。適材適所の人材起用で難局を乗り切ったのです。慌てた現場は「広告料を値下げしましょう」と提案しましたが、江副さんはそんな安直な方法を認めなかった。ギリギリまで追い込まれた時に「『住宅情報』のラックをコンビニエンスストアに並べる」など、斬新アイデアが生まれました。リクルートは危機のたびに大きく飛躍しました。



――そうやって実戦の中で築き上げられた江副さんの経営とはどんなものだったのでしょうか。

瀧本氏 江副さんの経営には「顕教」と「密教」がありました。顕教が「来るべき情報化社会の先頭に立つ」という超理想主義だとすれば、その情報を利用した株の空売(からう)りで「こすっからく儲ける」部分が密教です。さらに体育会系、文化祭的な勢いで競争相手を叩き潰す戦略性もありました。江副浩正というのは最後まで大人にならなかった多面性の人でした。

江副さんの経営は常に目的合理的で「資本主義そのもの」でした。江副さんを筆頭に東大で心理学を学んだ人たちが作ったリクルートは、極めて科学的な会社であり、その後の日本のベンチャー企業の原型になりました。

にもかかわらず、「リクルート事件」があったため、こうした経営者としての江副さんの革新性はあまり知られていません。今では、リクルートの若手社員も、江副さんがどんな人物だったか知りません。

ダークサイドに堕ちてしまったワケ

――リクルート事件はなぜ起きたのだと思いますか。

瀧本氏 ダイヤモンド、読売との戦争に勝った江副さんは、日本のエスタブリッシュメントに喜んでもらうためにリクルートコスモスの未公開株を配ったのだと思います。「ほんのお土産でございます」という気持ちで。江副さんは大企業のそういう習慣を学んで徹底的にやった。だから相手の職務権限など関係なく、有力政治家全員に配りまくったのです。

江副さんは、多少いかがわしい部分もあります。マイクロソフトのビル・ゲイツや、アップルのスティーブ・ジョブズも人物としては、かなりいかがわしい。そもそも起業家とは、いかがわしいものですから、江副さんが特別というわけではありません。

――江副さんはどこで間違えたのでしょうか。

瀧本氏 江副さんが「リクルート事件」のダークサイドに堕ちてしまったのは、当時の日本に洗練された投資家がいなかったからです。起業家はたいていの場合、最初は誰もが「暴れ馬」です。暴れ馬をちゃんとした競走馬に育てるには、優れた調教師が欠かせません。レースで勝つには騎手の力も必要です。アメリカで調教師や騎手の役目を果たしているのがエンジェル投資家です。

エンジェル投資家は狂気に駆られた若者を御するため、グレイヘア(白髪の老人、成熟した大人)と呼ばれるシニアの経営者を取締役として送り込んだり、自分たちが経営に関与したりします。アップルのジョブズには創業期からマイク・マークラという経験豊富な投資家が付いていたし、グーグルの創業者であるセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジにはサン・マイクロシステムズやノベルで経営者として経験を積んだエリック・シュミットが付いていた。

しかし残念ながら江副さんには助言者がいなかった。創業期には(自社媒体を立ち上げる時の資金を融通してくれた)芝信用金庫や(東大の先輩で資金繰りを手伝った)森ビルの森稔さんなど、支えてくれる人がいましたが、会社が大きくなるにつれてそういう人が周りにいなくなってしまった。

「情報が人間を熱くする」というスローガンを掲げた江副さんはデータセンターを作ってクラウドコンピューティングをやろうとしていた。いささか早すぎた感はありますが、先見の明はあったのです。そんな江副さんがダークサイドに堕ちてしまったのは、彼を乗りこなす騎手、つまりまともなエンジェル投資家が日本にいなかったからです。その状況は今も変わっていません。

不祥事が絶えない大企業に足りないもの

――リクルートという会社をどう評価しますか。

瀧本氏 リクルートが他のベンチャーと異なるのは、江副さんという強烈なキャラクターの創業者が去った後も、会社として成長し続けたところです。理論が好きな江副さんは、創業メンバーと一緒に、会社が成長し続ける仕組みを作りました。リクルートの社員は、江副浩正というカリスマではなく、江副さんが構築した思想体系を信奉していたから、江副さんがいなくなってもブレずに目的合理的な資本主義を貫くことができたのです。


リクルートという最高のロールモデルがありながら、日本にはリクルートに続く会社が出てきませんでした。いくつかは生まれていますが、成長のスピードが遅いし、スケールも小さい。日本の企業社会はいまだに、武士の名残で組織に忠誠を尽くす同調性の強いサラリーマンで構成されており、江副さんのような純粋な資本主義者は「異端」として排除される。

大企業で粉飾決算などの不祥事が絶えない今、江副さんが生きていたら、保身に汲々とする日本の経営者にこう尋ねることでしょう。

「経営者とはどういうものか、経営者なら何をすべきか。私は常に学び、考え、その通りにやってきました。あなたがた、自分が経営者であると考えたことがおありですか」





リクルート事件がなければ江副浩正氏はグーグルを作ったか


日本の高度経済成長を牽引した「昭和の名経営者」と言えば、松下幸之助、本田宗一郎、小倉昌男などが思い浮かぶ。一方、彼らと肩を並べるほどの成功を収めながら、毀誉褒貶相半ばする人たちがいる。リクルート創業者の江副浩正氏もその1人だ。田原総一朗氏(ジャーナリスト)が語る。

 * * *
 新聞や雑誌を買うのは、政治・経済やスポーツ、芸能などのニュースや情報を読むためで、広告は求めてないのについてくる雑音のようなものでしかない。だが、彼は「広告こそニュースであり情報だ」と捉え、広告しか載っていない雑誌や本を作ってしまった。リクルートを創業した江副浩正による発想の転換である。

 江副は東京大学の新聞部出身。普通は編集部員を目指すのに、彼は営業部員になった。そこで新聞に就職活動用の会社説明会の告知広告を載せたところ、これが受けた。そのまま起業し成功を収めた江副は、日本で初めての“ベンチャー起業家”だった。江副はまた、「社員がすべて経営者である」という考え方で有能な社員を次々育てた。

 しかし、旧来型の産業モデルから抜け出せない日本の財界は、リクルートを「隙間産業」と蔑み、江副を「虚業家」と呼んだ。

 NTTの民営化で民間企業も通信事業に参入できるようになった際、江副は第二電電(第二種通信電気事業、後のKDDI)への参加を試みるが、稲盛和夫(京セラ創業者)にすげなく断わられた。江副はそのことに深く傷ついたという。

 それをコンプレックスとした江副は、不動産事業(リクルートコスモス)にのめり込み、その未公開株を政財官の大物たちに譲渡していった。

 これが贈賄とみなされたのが、1988年に発覚したリクルート事件だった。譲渡リストに閣僚らが名を連ねた竹下登内閣は退陣に追い込まれ、江副も贈賄容疑で逮捕された。リクルート会長の座もこのとき、追われた。

しかし私はこれを、検察によって作られた冤罪事件だと考えている。当時、大手証券の会長は私に、「社会的信用のある人たちに公開前の株を持ってもらうのは、どの企業もやっている証券業界の常識ですよ」と言った。江副は、竹下退陣を狙った検察の思惑に巻き込まれたのだ。

「無実です。私は無実だと確信しています」

 裁判中の1992年、江副は私のインタビューにこう答えたが、有罪判決を受け、2013年、失意のなか亡くなった。

 江副の不幸は、メディアに一切味方がいなかったことだ。ニュースや情報を作ってきたメディアは、それよりも広告に価値があるという江副の考え方に強烈な拒絶反応を示した。生前、彼を擁護したのは『正義の罠』でリクルート事件を冤罪だと書いた私だけだったはずである。

 しかし彼の死後、彼を「最初のベンチャー起業家」として再評価する動きが生まれつつある。当然であろう。江副があのまま潰されずにいたら、彼はそれこそ「グーグル」を作っていたはずだ。江副の発想はそれほど飛び抜けていたし、彼がいなくなったからこそ、IT分野で日本は周回遅れになった。

 新しい発想を受け入れられない日本経済の不幸である。(談)

※週刊ポスト2019年11月8・15日号  江副二号





空売りによるハゲタカ 投資家・江副浩正の錬金術
敬天新聞より転載  ( 影の側面--その① )


仕手筋未公開株背任事件 毎日新聞の政治部記者として、戦後政治を四十年間身近に見てきた政治ジャーナリスト・岩見孝夫氏の近著「平和日本はどこへ―政治編」でも、政界三大汚職事件の一つに挙げられているのが、造船汚職、ロッキード事件に並ぶリクルート事件だ。こうした点で誰が見ても、江副浩正が引き起こしたリクルート事件は空前絶後の大汚職事件なのである。

 この三大汚職事件には共通した特質がある。法務省・検察庁の人脈は法務官僚派の「赤レンガ組」と、ノンキャリアの検事を中心とする「現場検事派」の二つの流れで、この三大汚職事件の摘発は何れも現場検事派の主導によるものだった。

 第二はそもそもこの三大汚職事件の告発者が政治権力とは埒外の、言わばアウトロー的な存在による告発が事件発覚の端緒になっている事だ。その告発に検察庁が乗って鋭意摘発した事件であり、この点、この三大汚職事件の摘発は今批判されている国策捜査ではない。だからこそ、本紙のような「明確な国体観」に立つ告発新聞は「必要善」なのだ。

 それはともかく、最近の国策捜査批判に便乗してリクルート事件の首謀者・江副浩正を擁護し、田原総一朗が著した「正義の罠」は事実誤認の上で書かれた欺瞞本である。

 その江副浩正が復権を狙って、次々と著作を発表している。「リクルートのDNA(角川書店)」に次いで「不動産は値下がりする(中央公論社)」がそれである。

 江副浩正が引き起こしたリクルート事件の摘発から既に二十年も経過しており、事件が風化しているから、あの事件は「冤罪だ」と評論家の田原総一朗が書いても、今更反論できるジャーナリストは皆無だろう。だからと言って、事件そのものを「黒を白と言いくるめる論法」はジャーナリストの邪道だ。

 そのリクルート事件の中心人物である、江副浩正は「リクルートのDNAの中で同社出身の起業家が二十人も登場している事を例に挙げ、自分の事業感覚を受け継いだから多数のベンチャー起業家が生れたと自画自賛している。

 本当にリクルート事件を引き起こした当時の江副浩正の感覚はベンチャー起業家を多数排出させる程、斬新だったのだろうか。


創造的起業家とは言い難いリクルート社の原点


 「リクルートのDNA」を読むと、興味深い記述がある。「バブル期にノンバンクのファーストファイナンスや、不動産業のリクルートコスモスを急拡大した事や、コスモス株譲渡事件では世間に多大な迷惑をかけた」としつつ、当時「リクルートグループで1兆8000億円余の借入金を残し私はリクルートを去った」と述べている。

 一介の求人情報誌発行会社に過ぎないリクルート社が何故、身分不相応な1兆8000億円もの借り入れを行う必要があったのか、その目論見は何だったのかについて、江副浩正自身は何も語っていない。実はその巨額借り入れを行った無謀な経営感覚に江副浩正という企業家の全てと、空前絶後の贈収賄事件を引き起こす問題が隠されているのだ。

 東大在学中、江副の起業家への出発点となったのは、「東大新聞」の広告のコミッションセールスマンとなった事だが、東大卒後に江副はその仕事を元にして、後にリクルート社の母体となる求人情報誌発行会社を創業している。

 当時の江副は朝から晩まで東大の卒業者名簿を見ながら、片っ端から東大OBが経営者を務める企業に電話して接触する「コネを頼りにした起業家」で権威主義が垣間見られる事業開拓法であり、決して創造的な起業家ではなかった。

 こうした苦しい旅立ちから事業を発足させている江副だけに、求人情報誌という情報サービス産業には絶えず不安感と虚業性を感じ続けていたのだろう。その結果、後に事業に実体性を持たせようとしたのか、不動産取得に狂奔し銀行から金を借りまくって、その総額が1兆8000億円まで膨らんだのだ。

 バブル崩壊後の「住専騒動」が国会で取り上げられた際、コリンズビルでさえ総額6000億円しか借りていなかったのだから、それ以前にリクルートグループの借入総額が1兆8000億円という巨額だった事は常軌を逸していた。自らが創業した情報産業としてのリクルート社を一切信頼せず、ただひたすら安直に金になる不動産漁りに狂った江副浩正の経営感覚が浮き彫りになる。


仕手筋の天井から売りをかけボロ儲け


 田原総一朗が著した「正義の罠」に江副の本質を指摘する文言がある。「広告情報誌では百億円の利益を上げるのに二十年もかかる。不動産だと百億円の利益を上げるには、上手く行く時なら五百億円で勝った土地が明日に六百億円、或いは七百億円になってしまう。そんな事を体験して全然スピード感に魅せられたのだと思います」との発言だ。

 この発言からも分る江副の経営感覚は「短期間に儲かるものなら何にでも飛びつく、浮利に狂った虚業家の姿」だ。
 現実にカネ儲けに狂奔する江副の価値観は株式投資に見ると分り易い。経営危機に陥ったリッカーに関して、その決算書類を外部に流布させて倒産に追い込みつつ、空売りまでして金儲けに狂う「江副の錬金術」が垣間見られるからだ。兜町で「空売り仕手筋」とまで異名を奉られた江副による空売り株は他にも幾つかある。

 東京株式市場はバブル崩壊後「空白の十三年」を経験するが、その東京株式市場の低迷期の平成七年から八年にかけて個人投資家を大儲けさせた異彩高の株があった。兜町の符号で「マッチ」と呼ばれた兼松日産農林株だった。

 兼松日産農林株は平成七年三月では株価が四百円弱だったが、その年の七月から急騰し、十二月には何と三千四百円まで暴騰した。仕手筋「旧・誠備グループ」の加藤暠が買い本山だった。株式市場が低迷中だっただけに、個人投資家の多くがこの株にのめり込み、兼松日産農林株は平成八年五月には五千円台まで異常暴騰している。この時期に加藤暠は大証一部の関西銀行株も手掛けていた。この株も異常暴騰していた。

 その東西二株式市場の二つの銘柄に空売り攻勢をかけて、大暴落させたのが江副浩正だった。何しろリクルート社の株式をダイエーに売却した事で数百億円もの現金を手にした人物が空売りをかけたのだから堪らない。この二銘柄は短期間に元の株価まで暴落してしまった。「江副が売りまくったから二銘柄とも潰された」とは、この時期、江副と取引があった三洋証券のJの話だ。

 株は買って儲けるだけが株ではない。時には急落している株の「下落のサヤ」で儲ける空売りも株式投資のテクニックで、空売りという呼び名の響きは悪いが、悪材料の流布などをしない限り法には触れない。


リクルートの発展は社員の心機一転によるもの


 今、世界の金融情勢を大混乱に陥れている米国で発生したサブプライムローン問題に関して、世界経済が危機に直面しているさ中、当の米国では、その「サブプライムローンで四千五百億円の利益をあげた(東京新聞平成十九年十二月十五日)」ハゲタカ証券、ゴールドマンサックスの空売り戦術が、ニューヨークのウォール街で「結果的に顧客が多額の損失を蒙ったとして同社の姿勢に強い疑問が示されている(東京新聞・同日)」程だ。たった一人が自己の利益のみを追求して多数の投資家に大損させた行為に対し、米国でも非難轟々なのだ。

 この米国でサブプライムローンを空売りして巨額の利益を出したゴールドマンサックスこそ、日本のバブル崩壊の契機となった東京株式市場の大暴落を演出した元凶そのものである。結果、日本経済は「空白の十三年」を経験する未曾有の景気後退が始まったのだ。

 平成八年七月、空売り仕手筋の江副浩正に狙い撃ちされた兼松日産農林株と関西銀行株は大暴落し、同年九月三十日に兼松日産農林株は千二百円まで急落した。もっと悲劇的だったのは、関西銀行株である。連日ストップ安を繰り返して急落した。

 その結果、この二銘柄を買っていた個人投資家が数万人も大損している。当時、大損した個人投資家の中には「江副を殺してやる」とピストルまで用意した人物もいたなどと物騒な話が兜町で流れた程だ。

 この二銘柄を積極的に顧客に薦めていた日興証券系の東京証券だけでも数千人の顧客が数千万から億単位で大損したといわれ、結局、これで顧客の信用を失った東京証券は後に経営危機に陥り、東海マルマン証券との合併を余儀なくされた程だ。ここまで中小証券と個人投資家を泣かせた江副浩正によるハゲタカ錬金術は残忍だ。

 リクルート社時代に不動産と株式投資という浮利に取り憑かれたハゲタカ江副浩正は「リクルートグループで総額1兆8000億円の借入金を残しリクルート社を去った(リクルートのDNA)」が、その同社が後の「住専騒動」に巻き込まれず経営が立ち直ったのは、残った社員が浮利を追う江副の錬金術を切り捨てて未来志向型の情報産業として「江副のDNAを捨てた」からではなかったのか。それを認めない江副浩正は事業家以前に社会人としての謙虚さが今でも足りない。このハゲタカ野郎めが…。



リッカーミシンを倒産させたリクルート創業者・江副浩正の錬金術
敬天新聞より転載 ( 影の側面--その② )


 前号で触れたが、東京地検特捜部が組織を挙げて「リクルート事件」に取り組む契機となった警視庁捜査四課による同社を巡る政官界人への贈賄事件捜査が突如打ち切りとなった昭和六十二年八月以降、警視庁捜査四課による捜査協力要請で、この空前絶後の贈収賄事件の輪郭を把握していた東京地検はその後、水面下で極秘裏に情報収集に動いていた形跡がある。これは単なる推測ではなく明確に根拠がある。

 当時、東京地検には犯罪被害者からの告訴や情報収集を受け付ける窓口に「直告係」があり、担当検事は、馬場良行賢司(=馬場義続・元検事総長の子息・故人)だった。その直告係の馬場検事に接触してリクルート社による政官界への贈賄の一部始終を伝えた週刊誌記者がいる。『週刊サンケイ』(その後廃刊)のI記者である。ちなみに、当時の『週刊サンケイ』編集長は、経営破綻し東京地検に摘発されたコスモ信組の広報部長を経て、後に武富士の広報部長に就任した人物だ。

 それはともかく、馬場検事に接触した『週刊サンケイ』のI記者は馬場検事との会話で東京地検特捜部が「極秘にリクルート情報の収集を行っている」事実を察知し、Iは手にしていたリクルート社の贈賄関係資料を「是非譲って欲しい」と馬場検事に懇請され、それを提供している事実がある。この一点でも、当時の東京地検は警視庁捜査四課による捜査の打ち切り後、この事件の摘発を目指し、水面下で極秘に情報収集に動いていた根拠になる。

 その際、前述のI貴社が東京地検に持ち込んだ「江副情報」の中に、ミシン製造のリッカー倒産劇」の舞台裏に関する情報があったことが特筆される。

 この時代にミシン製造の中心企業だったリッカーは銀座六丁目に本社ビルを構えていたが、平木証三会長の意向で同社は陸上競技の選手養成に熱心な企業として知られていた。陸上競技選手の養成に力を入れ過ぎた結果か、当時のリッカーの経営状態は思わしくなかった。

 この時期、昭和五十七年十一月に中曽根康弘政権が発足している。中曽根政権の政策的目玉は行革だ。その為に中曽根首相は東芝社長の土光敏夫を臨調会長に据え、電電公社、タバコの専売公社、国鉄の民営化に躍起だった。
 この中曽根政権による行革はレーガン米大統領の対日要請によって出発したものだ。レーガン政権末期のアメリカは四つの赤字に苦しんでいた。①財政赤字、②貿易赤字、③企業赤字、④個人赤字の四つの赤字で当時のレーガン大統領はアメリカ再生戦略として「ハイテクによる世界再支配戦略」を財政再建と世界再支配を目指す経済再生戦略の根幹に据えていた。

 この時期、アメリカのハイテク産業による世界再支配戦略を脅かしていたのが、公営企業・電電公社を中心とする日電(=NEC)、日立製作所、富士通等の「電電ファミリー」だった。リクルート事件で一躍注目されたクレイ・リサーチ社のコンピュータ。中曽根政権の要請でリクルート社が購入した軍事・科学技術計算用の超高速のスパコンだったが、実は「電電ファミリー」の一社である富士通は昭和五十七年の段階でクレイ社のコンピュータを遥かに上回る性能を持つコンピュータの開発に成功しており、仮に電電公社が国営企業である限り、日本の公企業は外国製品を買えない。要するに外国製品を買う為に、超黒字会社だった電電公社が民営化されたのだ。

 同時に民営化され、NTTとなった日本電信電話会社のトップに送り込まれたのが土光敏夫・臨調会長の側近だった石川島播磨工業の社長である真藤恒であり、真藤の初仕事は徹底した「電電ファミリー潰し」であり、結果、以後の日本はコンピュータや半導体等の開発で国際競争力を失って行く。

 経団連本部に突撃した新右翼の野村秋介氏らは経団連主導で日本の国益がアメリカに蹂躙される事を見越し、それを阻止すべく当時の土光敏夫経団連会長と直談判する目的で「盾の会」元隊員らと共に経団連を占拠する突撃行動を起した。その後の日本は新右翼の野村秋介氏が憂いた通りの日本になった。

 それはともかく、昭和五十七年に発足した中曽根康弘政権が「ロン・ヤス蜜月」を標榜して、レーガン政権の対日戦略を鵜呑みにする政策を具現化する事態を見越していた財界人が当時、少なくとも二人いた。一人はリクルートの江副浩正社長の師匠とされたウシオ電機の牛尾治朗社長と、東邦生命の太田清蔵社長の二人である。

 東邦生命の太田清蔵社長は、田中森一・元特捜検事が著してベストセラーとなった『反転』に登場する「イトマン事件」「石橋産業事件」の主役・許永中(=当時は藤田永中を名乗っていた)受刑者の育ての親だ。上京した許永中受刑者を株の仕手筋に乗っ取られつつあった山野愛子美容室が経営権を持っていた東証一部上場の「日本レース」の防衛策を行わせたからだ。結果、日本レースは優良物件だった京都・山科の時価二百億円もの土地等の含み資産を失い「鶏がらスープ」の様な会社になった。

 とまれ、東邦生命の太田清蔵社長はこの時期、中曽根行革によって電電公社と国鉄が必ず民営化されるだろう事を見越して、その労組員に生命保険を売り込む狙いで、ノンバンクである「東朋企画」を設立し、電電公社や国鉄幹部のOBを同社で多数天下りさせていた。これが元になって、東邦生命とNTT労組が核となって発足した情報労連の癒着が始まり、本紙(第五十七・八十四号既報)が告発した東邦生命による情報労連の年金資金を巡る巨額損失事件に発展する。

 そのノンバンクである「東朋企画」に経営危機に陥りつつあったリッカーが緊急融資の申し入れを行った。が、そのリッカーによる緊急融資の申し入れを断った「東朋企画」が代わりに紹介したのが、設立間もないリクルート社のノンバンクであるファーストファイナンスだった。

 緊急融資の申し入れに当ってリッカーは正確な決算書を同社に手渡している。当然の事だ。ところがその後、ファーストファイナンスのやったことは「錬金術師・江副浩正」の真骨頂を示す出来事であり、これがファーストファイナンスの初仕事だった。

 リッカーの経営危機が予想外に深刻である事実を同社の決算書で確認した江副浩正は融資を断る一方で、リッカー株を「空売り」したのだ。それだけではない。江副錬金術を端的に指摘した(株転がしと)土地転がしによる利益収奪の「スピード感に魅せられた」(『正義の罠』九十六頁)との指摘の通り、江副浩正はリッカーの粉飾決算を示す決算書類を銀座仲間の『内外タイムス』社幹部に手渡し、同紙で「リッカー経営破綻」のニュースを報じる様に依頼した。

 が、『内外タイムス』幹部も同じ銀座仲間のリッカーを潰す事には抵抗感があったらしく、その江副浩正から入手した決算書類を同紙の社外記者に手渡し、『内外タイムス』以外の媒体で記事を書くよう依頼した。

 ちなみに『会社四季報』(昭和五十九年夏季号)ではリッカーの経営状態は「多難」とあり、再建策として銀座六丁目の本社は「一部貸しビル転用」(同四六八頁)とあるが、『内外タイムス』の社外記者がリッカーの経営悪化を他の週刊誌で書いた為に、リッカーは「経営行き詰まり(が表面化)、会社更生法申請」(会社四季報)に至った。当然、ミシン製造の名門企業リッカーの株式は整理ポストに入れられ、最終的に同社株は一円になった。経営破綻する直前のリッカーの株価は三〇〇円弱。江副浩正がリッカー株を幾らでどの位、空売りしたかは不明だ。

 リッカーの決算書類を同紙の社外記者に手渡した『内外タイムス』のT記者は「ウチの幹部には江副と組み、リッカーの空売りで一億円も儲けたヤツがいる」と語っている点からすれば、リッカー株の空売りで江副浩正が儲けた金は相当巨額だったと推定される。
 これにより、陸上競技の優秀選手を多数輩出したスポーツの名門企業であるリッカーは消滅し、同社陸上競技部に所属していた多数の陸上競技選手は生活の糧を失う羽目に追い込まれた。

 スペイン・バルセロナ五輪の女子マラソンで銀メダルに輝いた有森裕子選手は「ウチの前社長のお陰で先輩陸上競技の選手が多数路頭に迷う羽目に陥った。スイマセン、スイマセン」と思ってマラソンコースを走ったかどうかは知る由もない。

 それにしても「リッカー倒産劇」に見る江副浩正の錬金術は明らかに企業家としても「ルール違反」だ。今なら正にインサイダー取引でアウトだ。この江副浩正の行為は当時の商法や証券取引法に抵触しないと言っても、融資を申し込んできた企業に対して融資を断るのは同義的に間違っていないが、その決算書を水面下で報道機関に手渡し、その会社の株を空売りする一方、その企業を経営破綻に追い込み、大儲けする等、「盗っ人猛々しい行為」という点で、明らかに「ルール違反」である。いや、犬畜生以下の卑劣で小汚い最低野郎だ。

 この「リッカー倒産問題」を巡る江副浩正の背信行為について、正義感に燃える吉永検事の心証を著しく害したであろう事は想像に難くない。また、この「江副錬金術」は、健全であるべき証券市場を弄んで「浮利」を得たという点で、「リクルートのDNA」の〝遺伝子組み換え人間〟のようなライブドアの堀江貴文被告等、ベンチャー起業家に遺伝されて行く契機となったと言えなくもない。

 前置きが長くなったが、前述した東京地検による水面下でのリクルート社に対する情報収集活動は、この江副浩正による「リッカー倒産劇」を巡る舞台裏の情報は、東京地検の直告係・馬場良行検事に正確に伝えられていることは紛れもない事実だ。

 その結果、東京地検特捜部を指揮する吉永裕介・東京地検検事正が当時のリクルート社と江副浩正をどう理解したかは、推して知るべきである。

 これだけでも充分犯罪性は濃い。しかし江副の空売りの仕掛けはこんなものではなかった。昭和六十二年二月に全国八株式市場で一斉に株式を公開したNTTの株式に全国の主婦が飛びつき、大暴騰していたNTT株が一転、大暴落を始めた。このNTT株にも江副の「空売り謀略戦術」が潜んでいたのだ。




事件の真相


ボタンの掛け違いから生じた事件

 まるでドラマでもみているようだ。500ページにもおよぶ本書は、いっきに読みすすめられた。Amazon をはじめ、多くの書評には彼への称賛の言葉が並ぶ。稀代の経営者、偉大な起業家と。しかし、ひとつの成功体験がつぎの欲を生み、学生側に立つんだ、社会のためになるんだ、という大義のかげに隠れた欲の連鎖が、この悲劇を生んだともいえる。ボタンの掛け違いから生じたこの事件も、20数年ぶりに会う野村證券でリクルート担当だった廣田光次のひと言が、涙を誘う。


1980年代、情報サービス会社リクルートが、政界、官界、財界の要人に子会社のリクルートコスモスの未公開株を譲渡、贈賄罪に問われた事件。

 1985年から1986年にかけて自由民主党の有力者や野党国会議員のほか、労働省や文部省の高官、財界の大物などに対し、本人あるいは秘書名義などでリクルートコスモスの未公開株を譲渡し、店頭公開後に大きな売却益を上げさせた。

 1988年夏、神奈川県川崎市の助役がリクルートコスモス株の譲渡を受けていたと報道されたことを発端に、事件が中央政界に波及した。その過程でリクルートが政治家に多額の献金を行っていたことや、政治家主催パーティ券を大量に購入していたことが判明、国民の政治不信が一気に高まった。

 その責任をとり、1989年6月に竹下登首相が辞職した。リクルート会長の江副浩正をはじめ贈賄側4人、収賄側8人の計12人が起訴され、全員に有罪判決がくだされた。

江副浩正の最期

 本書冒頭は、江副浩正の死とその死体検案書からはじまる。88年、リクルート事件で江副は会長職を退任する。その3年後にはリクルート株を売却、完全にリクルートを離れた。昭和の最後の日まで戦後の日本を駆け抜けた起業家は、静かに表舞台を降りた。

 2013年1月30日、江副浩正は運転手に東京駅の八重洲口まで送ってもらうと、東北新幹線の改札に向かった。最近ではめっきり歩幅が狭くなり、歩行もおぼつかない。そしてはやぶさ号は盛岡駅に滑り込んだ。江副の乗ったタクシーは凍りついた高速道路の闇を、彼が開発を手掛けた安比高原に向かって進む。この日も思い切りロング滑降に挑もうとしていた。江副のスキーはプロ級の腕前だった。

「また来週、それでは」たった1泊の旅だった。16時24分、やまびこ48号は東京駅のホームに滑り込んだ。酔ったのだろうか、網棚にボストンバッグを置き忘れたことに江副は気が付かない。列車からホームに降りるとき、足がもつれた。

ホームから改札口に向かって歩き始める。一歩を踏み出す。だが、体はそれに逆らうように、そのまま倒れた。ホームに後頭部がたたきつけられる。16時28分、脳骨が割れる音が鈍く響いた。駅係員があわてて駆け寄ってくる。だが、そのときにはすでに、江副に意識はなかった。

 病院に運び込まれて、そのまま眠り続けた江副浩正は、2013年2月8日、15時20分、息を引きとった。享年76歳だった。


情報誌の先駆け

 60年、江副は東大卒業と同時に大学新聞広告社を興す。その2年後にはわが国最初の情報誌となる「企業への招待」を創刊した。続けて中途採用者向けに「週刊就職情報」、女性向けに「とらばーゆ」を刊行。その後は進学、住宅、旅行、車、結婚など、様々な分野で情報誌を出し、いずれも成功させた。

 高校・大学の同級生に政治家が何人かいて、彼らが政治資金集めに汲々とする姿を江副は早くから見てきた。政(まつりごと)に集中してもらうためにと、これはと思う政治家には熱心に政治献金をしていた。

「献金は、リクルートのためにしているわけではない。日本のために働いてもらいたいと思って個人的にしているものだ」
 江副は政治好きだった。


株式上場をしようと思う

 野村證券の第二事業法人部の廣田光次が江副のもとに耳寄りな情報をもたらす。「今度、店頭登録(後ジャスダック、現廃止)の公募増資規制が緩和されて、2百人の株主がそろえば 2年の実績審査を経て株式公開が可能になります。規制の厳しい1部や2部市場に比べて規制の少ない非常に自由な市場ですので、江副さんの感性にも合うはずです」。これまで所轄官庁の審査や規制に縛られず事業を展開してきた江副はいち早く反応する。『株式上場をしようと思う。土地の仕入れ資金を広く市場に求めるのです」


野村には頼まない

 江副は、日本橋のたもとの野村證券本社ビルの前に立った。「大学新聞広告社を起こして20年余、歯を食いしばってきたかいがあった」

 横に座る引受審査部の取締役に社長の田淵は顔を向けると、大きな声で言った。「すぐに検討するように」
 しかし、田淵がすぐに検討せよと命じたにもかかわらず、一向に返事はなかった。江副はいらついた。この話を持ち込んだ事業法人部の廣田に何度も問い合わせた。しかし、引受審査部の情報が一切入らない彼らには、江副への返答は一つしかない。「いましばらくお待ちを」。それが何度か繰り返された。

「ならばもういい。野村には頼まない」

 江副は大和証券に向かった。会長の千野宣時、社長の土井定包ら首脳陣が、江副を笑顔で迎え入れた。
「私どもで主幹事を務めさせていただきます。早めに2百人の株主を確保してください。おつきあいのある人、お知り合い、社会的に信用のある人々に公開前の株を持ってもらうのは、どこの企業もやっていますし、証券業界では常識です」

 軽快に答える千野に対して、重ねて江副は問うた。
「政治家の方に持っていただくのはどうでしょう」
「問題ありません」

「不思議なもので、上場が近づくと創業時の苦しいときを思い出すのでしょうか、誰もがお世話になった方々に株を渡したくなるもののようです。証券業界の内規では、上場1年前からの株譲渡は禁じられていますので、お渡しになるならお早めにお願いします」。両首脳の笑顔に送られ、江副は満足して大和証券を後にした。その後、江副はことあるごとに、こう言って表情を硬くした。
「野村に断られた。いまに臍をかむのは野村だ」

 登録準備2年間の観察期間が終え、コスモスは86年10月店頭登録を迎えた。


売り上げ1千億円達成

 1983年10月12日、東京地裁はロッキード裁判丸紅ルートで田中角栄元首相に対して懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を言い渡した。
 その年の12月、リクルートは初めて売り上げ1千億円を達成した。そして次は「これだ。リクルート1兆円の事業基盤はニューメディアだ」。早速、IBM出身でコンピュータに詳しい位田尚隆を室長としたニューメディア室を立ち上げる。


マスコミの江副たたき

 江副は押しも押されもされぬ若手ナンバーワン経営者として躍り出ていた。だが、リクルートが大きく成長し、経済界で江副に対する声望が高まるのと反比例するように、好意的だった一部マスコミが江副たたきに転じ始めた。

「売り上げが1,500億円、急成長江副リクルート商法に騙されるな」
「女連れ新財界人たちの沖縄旅行、リクルート、ノエビア両社長 ... 」
「日経ビジネス」に金融界で噂されるリクルートの借入金の多さを報じられ、担保は成長力しかなく、成長が止まればリクルートの経営は危うくなると警鐘を鳴らした。

 不動産やノンバンク事業に傾斜し、ニューメディア事業で疾走する江副のなりふり構わないワンマンぶりに対して、社内ではひそかにこう言い交され始めていた。「江副2号」と。敬愛の念を込めて「江副さん」と言っていた社員たちが、絶対君主のようにふるまう江副にとまどい、その変容ぶりを嘆くかのようにそう呼んだのである。「住宅情報」を開発したころの江副が「江副1号」だとすると、いまの江副は「江副2号」だというわけだ。企業というものは、繁栄の最中に崩壊の芽をはらむものなのか。


疑惑報道

 「『リクルート』川崎市誘致時、助役が関連株取得、公開で売却益1億円 資金も子会社の融資 川崎市が計画した『かわさきテクノピア地区』へリクルートの進出が決まった時期に」。「いかにも江副さんだな、地方の公務員にも渡していたか」

 江副は無類の贈りもの好きだった。リクルートに「政治部長」との異名をとる元教科書出版会社の営業経験者が入ってきてから、さらに様相が変わってきた。接待営業に慣れたその男の指図で、リクルートの歳暮・中元時の贈り先は顧客だけでなく政官界にまで広がり、贈答物は年々派手になっていった。


次々と暴かれる株ばらまき

 7月に入り、新聞各社は未公開株の譲渡先として渡辺美智雄自民党政調会長、加藤六月前農水大臣、加藤紘一元防衛大臣、塚本三郎民社党委員長、中曽根康弘前首相、安倍晋太郎自民党幹事長、宮澤喜一大蔵大臣と、要職に就く政治家の名前を次々に暴いていった。

 そのほとんどが、コスモス株店頭登録当日か翌日に株を売却。3千万から5千万円、多い政治家は1億円を超える売却益を手にしていた。庶民には増税を迫る一方で、政治家たちは、一般人にはまず手に入らない未公開株で巨額の金を手にする。その事実が白日の下にさらされ、庶民の怒りに火がついた。


自宅に銃弾撃ち込まれる

 江副はリクルートの会長職を辞した。眠れず、食欲もなく、汗だけが限りなく流れる日々に、江副の心身は急激に疲弊していく。7月26日、毎年人間ドックを受診してきた半蔵門病院に、倒れるように担ぎ込まれた。

 8月10日南麻布の自宅に銃弾が撃ち込まれた。意味不明の犯行声明が通信社に届く。
「コスモスは反日朝日に金をだして反日活動をした。赤報隊一同」

社内の一斉捜査

 10月20日、東京地検は松原コスモス社長を贈賄容疑で逮捕した。それを受けてコスモス、リクルート社内を一斉捜査、大量の書類を証拠物件として持ち帰った。

 多くの人が江副と疎遠になっていくなか、立っていられないほどに消耗し自死の誘惑に耐えている。
 89年1月7日、昭和天皇崩御。一つの時代が終わった。
 89年2月13日、江副は逮捕を告げられた。小菅拘置所に向かう車に乗せられた。

 丸裸にされると、10人ばかりの看守が見守るなかを江副は歩かされた。真ん中に立つ看守の所に行きつくと、男は四つん這いになれと命じた。言われるままに伏すと同時に、江副の肛門にガラス棒が突き入れられ、看守はその棒をぐりぐりと前後にかき回した。苦痛が走る。屈辱感のなかで、涙を流す。そのあとから悔しさが追いかけてきた。
「126番立て」
 自分はものではない。頼む、名前で呼んでくれ。いや、おまえでもいい。番号で呼ばれるのは、ごめんだ。


13年に及ぶ長き私戦

 逮捕から、113日目の6月6日、江副は、NTT、労働省、文部省、政界4ルートの供述書のすべてに署名して保釈金2億円を払い、大勢のカメラマンが取り囲むなか小菅拘置所を出た。その後、江副は13年3カ月におよぶ私戦を戦い続けた。2001年12月20日、318回続いた公判審はようやく終わった。2003年3月4日、ようやく判決の日を迎えた。
「被告人を懲役3年に処する。この裁判の確定した日から5年間の執行を猶予する」


気になっていた人物

 江副の逮捕から17年。マスコミ報道があおり検察を動かす劇場型事件の図式は、一向に変わらない。通産官僚出身の投資会社社長、村上世彰とともに逮捕され、堀江貴文は車に乗り込む。その映像を、かつての自分を見るような既視感にとらわれながら、江副は見つめ続けた。

 江副には長い間気になっている人物がいた。野村證券の事業法人部でリクルート担当だった廣田光次だ。冷徹に市場を読む力と、新しいビジネスの萌芽を見つけだす才能に長けていた。店頭登録制度の規制緩和がコスモスにとって有利なのではないかと、最初に知らせてくれたのが廣田だった。主幹会社を野村に断られたため、その後、つきあいは疎くなってしまったが、できる男だ。調べてみると、野村證券を辞した廣田は外資系証券会社に転じていた。


江副の勘違い

 江副は廣田に店頭登録を断られたことについて言った。
「コスモスの店頭登録を野村に断られたことですよ。結果、私は大和証券に主幹事会社をお願いし、そして事件を起こしてしまった」
 江副の言葉を聞くなり、廣田が一気に話しだした。

「江副さん、いつかお話ししたいと思っていました。あのコスモス上場はあのとき田淵節也がお約束した通り、野村で主幹事会社をお受けする体制が整っておりました。ただ引受審査部の審査が慎重で結論が長引いておりました。私があとで審査部から聞いたところでは、コスモス社内の経理体制を私どもの基準に変更できれば、あと少しで店頭登録できるところまで来ていたそうです。それを... 」
 廣田はそこで言葉を切った。江副は初めて廣田から聞く野村の内部事情に驚きながら、廣田の言葉を受けとった。

「それを私が、野村に断られたと勘違いしたと言うのだね」
「そして、私は自分から大和証券に駆け込んだと。本当かね廣田さん」
「ええ、あれだけ話題になったコスモスさんの店頭登録でした。私どもは主幹事会社を逃してじだんだを踏みました。だからあのとき野村にコスモスさんを断る気など毛頭ありませんでした」

 廣田の話を聞きながら、江副はか細い声でたずねた。
「もう一度聞きますよ。野村に、断られた、の、で、は、ないと」
「もちろんですとも。それが証拠に、役員の鈴木と私が、偶然、同時に大阪転勤になりました。社内ではコスモスを落とした左遷人事だと噂されていました。入院なさっていたのでごあいさつもままならず、失礼してしまいましたが」


身体を張ってでも止めていた

 立っていられないくらいに憔悴した江副の口から、とぎれとぎれに言葉が漏れる。
「もし、もしもだよ、もし、野村に、主幹事の、会社を、その主幹事を、お願いしていたら、廣田さん。どうなっていました?」
 廣田は江副を支えるようにして、手を取ると、きつく握りしめながら言った。

「私がコスモスさんを担当していれば、どんなに江副さんがお望みになっても、政治家、官僚への株式譲渡は必ず止めていました。確かにあの当時、世間では未公開株の譲渡は誰もがやっていたことかもしれません。ただ私ども野村證券では、政治家、官僚への譲渡は、どなたがお客様であろうとも認めてまいりませんでした。私は体を張ってでも止めていたはずです」

 初めて告白する廣田の目に涙があった。
「それが悔しい。いかにも悔しいです」
「そうか、そうだったのか」

 江副の手を持ち、左右に強く揺さぶり続ける廣田に身を任せながら、江副はうめくように声をあげた。野村に断られた悔しさで動かなければ、リクルート事件は起こらなかったのか。ましてその後の長い裁判生活もなかったというのか。江副のなかで何かが音を立てて崩れていった。

<同書より抜粋>試し読み




Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏が世界一の大金持ち
Bezos Reclaims Title of World’s Richest After Musk Slips


世界富豪ランキングで、米テスラを率いるイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の首位の座は短命に終わった。

テスラ株は16日に2.4%下落。これによって、マスク氏の資産は46億ドル(約4900億円)目減りし、ブルームバーグ・ビリオネア指数に基づく富豪ランキングで1位から後退した。

先月まで3年余り首位を維持していた米アマゾン・ドット・コムの創業者ジェフ・ベゾス氏は、トップに返り咲いた。同氏の純資産は1912億ドルと、マスク氏を9億5500万ドル上回った。

マスク氏は約6週間にわたり世界一の富豪の座についていた。イーロン・マスク氏が世界一の富豪に、テスラ株続伸でベゾス氏抜く

原題:Bezos Reclaims Title of World’s Richest After Musk Slips (抜粋)

(c)2021 Bloomberg L.P.





記憶に残る彼から得た教訓

①窮すれば変ず、変ずれば通ず、通ずれば久しからんや
窮則変、変則通、通則久(易経) だから、先ずRisk Takeせよ
②一隅を照らせ、人の良いところを見て誉めよ
③鶏口となるも牛後となるなかれ(人の真似をした事業はするなという警告)
④人は感動の為に生きている
⑤現状のシステムを変革するところに商機がある(ex.ネットで本を売る等)
⑥自ら機会を求め、機会によって自らを変えよ(①と同じ意味になるように作られた社是)
⑦するなら超高額の借金を、返済できない時には社会問題になる。不動産投資で借りた金を本業に回しても問題ない、金には色が付いていない
⑧規格化された物を積み上げる方が、大きく高い建物が作れる、会社も然り(個性ある石を積むのは限界があるとする説)
⑨その事業で、社員は成長できるか、社会に受け入れられるか、利益はあるか を問え
⑩やるなら誰もしていないことをせよ




UP

Back










<!-- text below generated by geocities.jp --></object></layer></div></span></style></noscript></table></script></applet><script language="javascript" src="//bc-geocities.yahoo.co.jp/js/geov2.js"></script><script language="javascript">geovisit();</script><div class="fc2_footer" style="text-align:left;vertical-align:middle;height:auto;"> <div class="fc2button-clap" data-clap-url="//blogvote.fc2.com/pickup/romigo/55/clap" id="fc2button-clap-55" style="vertical-align:top;border:none;display:inline;margin-right:2px;"> <script type="text/javascript"> (function(d) { var img = new Image(); d.getElementById("fc2button-clap-55").appendChild(img); img.src = '//static.fc2.com/image/clap/number/white/0.gif'; (function(s) { s.cursor = 'pointer'; s.border = 0; s.verticalAlign = 'top'; s.margin = '0'; s.padding = '0'; })(img.style); var clap = function() { window.open('//blogvote.fc2.com/pickup/romigo/55/clap')}; if (img.addEventListener) { img.addEventListener('click', clap, false); } else if (img.attachEvent) { img.attachEvent('onclick', clap); } })(document); </script> </div> </div> </div> </article> <!-- / article --> <!-- / read_more --> <div class="entry_footer cf"> <ul class="entry_comment cf"> <li>コメント : <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-55.html#comment-top" class="comment" title="コメントの投稿">0</a></li> </ul> <ul class="entry_category cf"> <li>カテゴリ : <a href="/blog-category-0.html" class="category" title="このカテゴリ一覧を見る">未分類</a></li> </ul> </div> <!-- / entry_footer --> </div> <!-- / inner --> <div class="comment_area sub_contents"> <div class="inner"> <h2 id="comment-top" class="sub_contents_title">コメント</h2> <form action="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-55.html" method="post" name="comment_form" id="comment_form"> <div class="comment_form_wrap cf"> <div class="comment_form_left"> <div class="form_title"> <input type="hidden" name="mode" value="regist" /> <input type="hidden" name="comment[no]" value="55" /> <label for="name">名前</label> </div> <div class="form_input"> <input id="name" class="input_text" type="text" name="comment[name]" size="30" value="" /> </div> <div class="form_title"> <label for="subject">タイトル</label> </div> <div class="form_input"> <input id="subject" class="input_text" name="comment[title]" type="text" size="30" value="No title" onblur="if(this.value == '') this.value='No title';" onfocus="if(this.value == 'No title') this.value='';" /> </div> <div class="form_title"> <label for="mail">メールアドレス</label> </div> <div class="form_input"> <input id="mail" class="input_text" type="text" name="comment[mail]" size="30" value="" /> </div> <div class="form_title"> <label for="url">URL</label> </div> <div class="form_input"> <input id="url" class="input_text" type="text" name="comment[url]" size="30" value="" /> </div> <div class="form_title"> <label for="pass">パスワード</label> </div> <div class="form_input"> <input id="pass" class="input_text" type="password" name="comment[pass]" size="20" /> </div> <div class="form_title himitu_title"> 非公開コメント </div> <div class="form_input"> <input id="himitu" type="checkbox" name="comment[himitu]" /><label class="himitu_label" for="himitu">管理者にだけ表示を許可する</label> </div> </div> <div class="comment_form_right"> <div class="form_title"> <label for="comment">本文</label> </div> <div class="comment_tool_wrap"> <script type="text/javascript" src="https://static.fc2.com/js/blog/view/comment/comment_toolbar_ja.min.js?2017040501"></script> </div> <div class="form_textarea"> <textarea id="comment" cols="20" rows="5" name="comment[body]"></textarea> </div> <div class="form_btn"> <input type="submit" value="送信" /> </div> </div> </div> </form> </div> </div> <div class="entry_paging"> <ul class="inner cf"> <li class="prev"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-56.html">前の記事</a> &nbsp; </li> <li class="blog_top"> </li> <li class="blog_top"> </li> <li class="blog_top"> </li> <li class="blog_top"> </li> <li class="blog_top"> </li> <li class="next">&nbsp; <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-54.html">次の記事</a> </li> </ul> </div> <!-- / paging --> </section> <!-- / section --> <footer id="footer"> <div class="inner cf"> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">プロフィール</h2> <div class="plugin_body"><p class="plugin-myimage" style="text-align:left"> <img src="https://static.fc2.com/image/noimage.gif" alt="dandayo"> </p> <p style="text-align:left"> Author:dandayo<br> FC2ブログへようこそ!</p></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">最新記事</h2> <div class="plugin_body"><ul> <li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-57.html" title="Otogeraz3">Otogeraz3 (05/17)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-56.html" title="Tsugaru">Tsugaru (03/13)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-55.html" title="Ezoe World">Ezoe World (02/16)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-54.html" title="Romigo Post">Romigo Post (05/27)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-53.html" title=" Romigo Post 2020"> Romigo Post 2020 (03/31)</a> </li></ul></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">最新コメント</h2> <div class="plugin_body"><ul> </ul></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">月別アーカイブ</h2> <div class="plugin_body"><ul> <li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-202105.html" title="2021/05">2021/05 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-202103.html" title="2021/03">2021/03 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-202102.html" title="2021/02">2021/02 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-202005.html" title="2020/05">2020/05 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-202003.html" title="2020/03">2020/03 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-202002.html" title="2020/02">2020/02 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201911.html" title="2019/11">2019/11 (2)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201910.html" title="2019/10">2019/10 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201909.html" title="2019/09">2019/09 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201908.html" title="2019/08">2019/08 (2)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201907.html" title="2019/07">2019/07 (2)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201906.html" title="2019/06">2019/06 (5)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201905.html" title="2019/05">2019/05 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201904.html" title="2019/04">2019/04 (2)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201903.html" title="2019/03">2019/03 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201902.html" title="2019/02">2019/02 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201901.html" title="2019/01">2019/01 (2)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201812.html" title="2018/12">2018/12 (1)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201811.html" title="2018/11">2018/11 (2)</a> </li><li style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-date-201810.html" title="2018/10">2018/10 (28)</a> </li></ul></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">カテゴリ</h2> <div class="plugin_body"><div> <div style="text-align:left"> <a href="http://romigo.blog.fc2.com/blog-category-0.html" title="未分類">未分類 (57)</a> </div></div></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">検索フォーム</h2> <div class="plugin_body"><form action="http://romigo.blog.fc2.com/blog-entry-55.html" method="get"> <p class="plugin-search" style="text-align:left"> <input type="text" size="20" name="q" value="" maxlength="200"><br> <input type="submit" value=" 検索 "> </p> </form></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">RSSリンクの表示</h2> <div class="plugin_body"><ul> <li style="text-align:left"><a href="http://romigo.blog.fc2.com/?xml">最近記事のRSS</a></li> <li style="text-align:left"><a href="http://romigo.blog.fc2.com/?xml&comment">最新コメントのRSS</a></li> </ul></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">リンク</h2> <div class="plugin_body"><ul> <li><a href="./?admin">管理画面</a></li> </ul></div> <div class="plugin_body"><a href="javascript:window.location.replace('http://blog.fc2.com/?linkid=romigo');">このブログをリンクに追加する</a></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">ブロとも申請フォーム</h2> <div class="plugin_body"><p class="plugin-friends" style="text-align:left"><a href="http://romigo.blog.fc2.com/?mode=friends">この人とブロともになる</a></p></div> </div> </div> <div class="footer_plugin"> <div class="plugin_content"> <h2 class="plugin_header">QRコード</h2> <div class="plugin_body"><div class="plugin-qrcode" style="text-align:left"><img src="https://blog-imgs-124-origin.fc2.com/r/o/m/romigo/c32038432.jpg" alt="QR"></div></div> </div> </div> </div> <div class="footer_info"> <!-- Don't delete --> <p class="ad"><!-- genre:28 --><!-- sub_genre:278 --><!-- sp_banner:1 --><!-- passive:0 --><!-- lang:ja --><!-- HeadBar:1 --><!-- VT:blog --><!-- nad:1 --> </p> <!-- / Don't delete --> <p class="copyrights">Copyright &copy; Romigo Web Cultures Commemorating Collections By All Classmates. All Rights Reserved.<span class="powered">Powered by FC2ブログ</span></p> </div> <!-- / footer_info --> </footer> <!-- / footer --> <script type="text/javascript" charset="utf-8" src="//static.fc2.com/comment.js" defer></script> <script type="text/javascript" src="//static.fc2.com/js/blog/blog_res.js" defer></script> </body> </html>